腰痛再発 その後
いけません。
トイレに行くのも難行苦行。
ベッドからの寝起きが、一番酷い。
歩くのも駄目。
やっと起き上がったときに、パソコンを開いた。
キーボードを打つのも苦行難行。
しばらくアップできないかもしれない。
いけません。
トイレに行くのも難行苦行。
ベッドからの寝起きが、一番酷い。
歩くのも駄目。
やっと起き上がったときに、パソコンを開いた。
キーボードを打つのも苦行難行。
しばらくアップできないかもしれない。
ガラスの腰である。
壊れ易い。
なんども経験しているが、徐々にではなく、不意に襲われるときは、防ぎずらい。
寝たり起きたりが、大変である。
まだ椅子に坐ったままの方がいいようだ。
明日、市の検診で、レントゲン撮影があるが、体が動くだろうか。
腰痛の痺れが脚に合歓の花
晴天が続いて、きょうは湿度もなさそうだったので、布団を干した。
梅雨のシーズンを過ごしてきた布団、乾燥させる必要はある。
が、あまりにも、好い天気、正午には、取り込んだが、火照りが夜までには消えないのではないか。
風通しのよい部屋に置いたが心配である。
夏蒲団干す蜻蛉のとまりたり
梅雨明けは、まだのようであるが、ここのところ、青空が続いている。
その日暮らしの我が家は、いま、ヒグラシの鳴声に取り囲まれている。
東西南北、いづれのの方角からも、鳴声が届いて、若干の涼味をくれる。
ヒグラシやその日暮らしの我の友
久し振りの青空。
朝五時過ぎから、梅を干す準備に取り掛かる。
私の割り当ては、網戸を外して、洗い、乾いた布で拭いて、梅が並べられるような台にのせる。
納屋で、台にする椅子を探していたら、狸と出会った。
いつもの狸より小さい、子狸だった。
そうすると、この辺りには、狸の一家がお住まいなのかもしれない。
子狸には敵意をみせないようにしたのだが、いつのまにかいなくなった。
梅は、明日も好天なので、なんとかほしあがるであろう。
梅を干す庭いっぱいの光かな
蜩が鳴きはじめた。カナカナカナと・・・。
最初は耳鳴りかと思っていた。
最近幻聴か、耳鳴りか、頭の中でジジーっと蝉が鳴くような音がする。
ジージーは、ニーニーゼミ。
今鳴いているのは、イヤもう聞こえない。
あれは、やはり幻聴だったのか?
もう少し、日が落ちれば、はっきりとしよう。
繰言を聞き流してより蝉時雨
子どものころ、よく闘わせた女郎蜘蛛、よく知っていたはずなのに、生態についての知識がない。
雨が強くなれば、巣から離れて、雨宿りに行くのであろうか。
昨日みかけたところに今はいない。巣も壊れている。
鳥にやられたのか、自ら移動したのか?
初めて疑問を持ったので、この夏少し観察してみたい。
ただし、覚えていたらの話。すぐ忘れる健忘症の我輩である。
蜘蛛の糸伝う水玉光なし
1週間ぶりにジムに行った。
汗を流して気分を転換しようと思ったのだ。
汗は十分に出たのだが、気分の転換には失敗したようだ。
原因はよく分からない。
今までには、なかった困った現象だ。
苦々しアイスコーヒー妻の顔
昨日の句の解説です。
解説するようなものでもありませんが・・・。
なんのこっちゃって言う句でしたので・・・。
梅雨寒や疑心暗鬼のバンソウコウ
バンソウコウは美しい国日本の農林水産大臣のお顔に貼られたものです。
大臣は、なぜバンソウコウを貼っているのか説明できないものですから、憶測を呼ぶのです。
今日の駄句
老鶯や窪みの水の半乾き
7月16日に発生した中越沖地震、大災害になってしまった。
簡単に「お見舞い申し上げます」とは、言えない。
あの日は、奈良付近と北海道・東北の太平洋側が揺れる地震もあった。
中越沖の本震と余震は実際に感じた。
2回とも駐車場に止めた車に乗っていて感じた。
買い物に夢中の連れ合いは、感じなかったという。彼女が鈍いのか、車が揺れを感じ易いのか?
北海道と東北の太平洋が揺れたときは、就寝中だった。
この1年ほどあまり熟睡できないでいるので、目覚めてしまった。弱いが長い長い揺れであった。
家庭内別居中で遅くまでテレビを見ている家内の部屋に行って、新潟の余震かどうかを確かめると、北海道と東北が揺れた地震で、岩手沖か宮城県沖が震源だろうという。それなら、まず、一安心かと就寝した。
次の朝、北海道・東北太平洋側地震を知らせるテレビ画面を一瞬だけ見ることができた。なんと、震源地は、京都府の日本海側。一瞬だったので、見間違いかとは思ったが、脳裏には、確かに舞鶴沖に赤いバッテンが、昨日今日と新聞を注意してみたが、掲載されていない。見逃したか?
中越沖地震報道中心の記事になるのは、当然だが、中越沖地震がなかったなら、この変な地震にも、注目が集まったであろう。「異常震域」と言うらしい。震源が350キロと深いので、近くより、遠くが揺れたのだとか。
梅雨寒や疑心暗鬼のバンソウコウ
6月半ば頃から狸が我が家の庭を行き来している。
去年も見かけたのだが、今年は目撃する頻度が多い。
何匹もいるのではなく、同じ個体を何回も見ているようだ。
カメラに収めようと思っているのだが、思うだけで、カメラを手許に置いていない。
狸を見送ったあとで、カメラをと思うのだが、思うだけで、用意をしない。
不精なのである。
一昨日は、3回見かけ、昨日は1回見かけた。
今日は留守にしている時間が長かったので、見かけていない。
狸は冬の季語。
冬までには1枚は撮りたいと思う。
梅雨空や右肩少し痛み出し
天候のせいか苗のせいか作り手のせいか、わが畑作は不調である。
とくに茄子が悪いようだ。
せっかくついた実も虫に食われている。
小売店で一番高価なカボチャがなんとかなりそうなのが嬉しい。
食卓にのぼる日が待ち遠しい。
虫からは無視されないぞわが茄子
いくつかの新聞折込広告ビラを見比べていた奥方が、最近行かなくなった店に行くようにという。
目当ての商品が安く売ってるというのだ。
明日オープンの込み合う大型店に行かされるのは勘弁して欲しいので、素直に従った。
いくら安くなったのかは知らないが、ついでに買うことにした食料品が、いつも買う店より20円も高いという。また、別の店まで走らされるのは厭だから、「疲れているから事故でも起こすと大損になる」と主張して、そこで買っていただいた。ほんとに疲れていた。
西向きに並んだカモメ梅雨小止み
雨降りである。
梅雨最中の雨、しっかりと降っている。
所要で、元の職場に出かけた。
正面玄関から入り、裏口から出たので、玄関に置いた傘を忘れた。
雨が降っていたのに、忘れた。
人の名と傘忘れたり梅雨最中
古来の風習と太陽暦との齟齬で、ピントこない行事が多い中でも、七夕には、首を傾げることが多くあるようだ。
七夕とは、いったい何をどうするお祭りなのか?
七つの夕べとは?七番目の夕べなのか?七月七日の夕べのことなのか?
風習や伝統を軽視するきらいのある私であるが、七夕ほど、分けのわからない行事はない。
短冊に願い事を書いて、笹竹につるす。
願い事を書くときには、蓮とか慈姑の葉にたまった朝露を硯にとって擦った墨を使う。
胡瓜とか茄子で馬をつくり、七夕飾りと一緒に翌朝川に流す。
子どものころ、そんなことをした記憶がある。(その記憶が正確かどうか保証はできないが・・・)
子どものための行事なのか?
願い事を聞いてくださるのは、いったいどんな神様なのか?
牽牛と織姫が一年に一回だけ会えるって、残酷なのか、浪漫的なのか?
何一つ分からないまま、うかうかと六十数回めの七夕をおくる。
歳時記に七夕はなし星をみる
梅雨の晴れ間を利用して、梅の実を採った。
豊作だった去年の半分くらいの出来である。
高い枝の実は、脚立がゆるい足場に沈んで採る事が出来なかった。
私としては、幸運である。
これからの作業が少なくなるのが嬉しい。
恥じらいを含むか高き枝の梅
畑に出て、害虫駆除をした。
今日は、数が少なかった。
退屈だったので、茅の葉をちぎりとり、子どものころにしたように飛ばしてみた。
すぐ目の前に落ちるだけであった。
草の矢を飛ばせば薄く陽の射せり
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