われ神に申さん
我を罪あるとしたもう勿れ
何故に我とあらそうかを
我に示したまえ
(ヨブ記第十章第二節)
この章句が『旅の重さ』の中扉の裏に印刷されている。
著者の原稿にあったものと考えられる。
ヨブのような心境に著者は当時いたものなのか。
少なくとも作品が、ヨブと全然無関係だとは思われないから、ヨブ記の解説書を読まずばなるまい。
岩波新書の『ヨブ記』には、第十章への言及はないようだから、遠くの図書館へとまた出かけて行かなくてはならないか?
それから、素九鬼子さんは、何故原稿を由起しげ子さんに送ったのか?
彼女の作品もまた読まずばなるまい。近くの図書館は由起しげ子作品を所蔵していないから・・・。
このように1冊の本から、ほかのいくつかの本へと読書の旅は続くもの。この旅を重いものにするのではなく、手軽なものとするために図書館はあって欲しい。
さて、かつて赤ちゃんと図書館を訪れたお母さんをがっかりさせた図書館の現在はどうか。
私が訪れたちょうどその日から、図書館へのリクエストを制限することにしたそうだ。
図書購入費が底をついたそうである。
来年度はもっと早い時期に底をつくことが十分予想されるそうである。
合併により、図書館のない町にいた職員が、トップに坐っているようで、どうやら理解がないようだ。
私が勤め始めたころの「学生の勉強部屋」は、今は「無料の貸し本屋」になっている。少なくとも、自治体のお偉いさんたちの理解はそうだ。
来年度は年間図書購入費300万円ということも考えられるとか。
これでは完全に35年前に戻ってしまう。
かつて赤ちゃんと図書館を訪れたお母さんをがっかりさせた図書館がまたできるのだ。
寒い寒い冬である。
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『旅の重さ』
その誕生のしかたにドラマがあったようだ。
著者の承諾なしに、いや、承諾をとろうにもその方法がなくて、出版社は、やむなく、著者が何処の誰かということも分からない状態で出版した。
その間の説明が、巻末の「この作品の上梓にあたって」にある。
この作品は、作家由起しげ子さんが、なくなられたとき、机辺に積み上げられていた原稿類のなかから見つかった。整理にあたった『作品』誌編集長八木岡英治氏が発見したもので、そのまま埋もれたままにするには惜しいという判断から、刊行したことなどが書かれている。
素九鬼子は本名内藤恵美子、旧姓は松本。1937年愛媛県西条市生まれ。県立西条高1年中退。結婚後、『旅の重さ』の原稿を由起しげ子に送る。由起しげ子の死後、原稿が発見されて刊行されたのは上に述べた。
ほかに『パーマネントブルー』1974、『烏女』1977、『鬼の子ろろ』1977、 『さよならのサーカス』1977、『大地の子守歌』1974の刊行本がある。
作品「パーマネントブルー」、「大地の子守歌」、「ひまやきりしたん」 で、三度、直木賞候補に挙げられたが、いずれも落選している。
「旅の重さ」の原稿段階の執筆了日付は、1964(昭和39)年9月。初版刊行年月は1972(昭和47)年4月30日。27歳で執筆完成し、刊行の2年後、1974年、37歳のときに名乗りをあげ、1974年から1977年にかけて上にあげたような作品を発表し、それなりの評価を得たようであるが、その後また出版界と没交渉になり、刊行元の出版社でも連絡先がわからなくなっているようである。
「旅の重さ」「大地の子守歌」「パーマネントブルー」が映画化され、2000年台になって、前2作がDVD化されている。原作料が発生しているだろうから、その方面からのアプローチは可能だとは思うが・・・。
さて、さて、私は、ここで何を書こうとしていたのかも分からなくなった。どうでもよくなってしまった。根気がなくなった。が、始末だけはつけておかなくてはなるまい。
小説の中身。夏休み直前、母親と二人暮しの女子高生が、家出をして、愛媛県新居浜から高知県土佐清水まで歩いた旅。遍路のような、あるいはヒッチハイカーのような旅。その間の出来事を母親に手紙で報せる手紙文で全篇が成り立っている。旅芝居一座と行動を共にしたこと、土佐清水で出会った漁業関係の労働者の男との生活が、その間の大きな出来事である。この新居浜から土佐清水までの移動を重い旅と称していいのだが、当然のことながら心の旅がある。16歳前後の少女のヒリヒリした青春が描かれていて、老醜漂う私が今読んでもそんなに不可解すぎてわからないという部分はない。日本の青春小説ベスト10に入らなくても、15には入れてもいいのではないか。
なんだか、また、根気がなくなった。明日に続くとしておこう。
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書店員や図書館員は、たくさんの書名を自然に覚えるが、ほとんど中身を読むことはない。
まず、物理的に無理である。
そのなかで奇妙にある書名が忘れないで、記憶装置のなかに残っていることがある。
ほとんど壊滅状態のわたしの記憶装置にある『旅の重さ』はそんな1冊である。
素九鬼子という作者名もはっきりと覚えている。
ただ、それは情報だけで、本そのものには触れた記憶がない。
このブログの「今日は棒に当たりました」2008.1.12に書いたように、『お遍路』という本を読んでいて、『旅の重さ』を思い出し、図書館から借りて、読み終えたので、そへんのことを書いてみたい。
その最初の記憶は、昭和50年だと思っていたが、それは間違いで、昭和48年であった。
私が東京からみちのくへと移住した年である。
その記憶をたぐる旅に今日出かけてきた。
そして私が書いた文章を入手してきた。
つぎのような文章である。
「読みたい本のない図書館なんてなんとかを入れないコーヒーどころか、医者のいない病院みたいなものだ。」このことばほど図書館員の私にこたえることばはない。過日一階のカウンターにいると、赤ん坊をだいたお母さんがやってこられ、貸出しコーナーの書架をたんねんにごらんになり、やがて私のところへきて「『旅の重さ』ございますか」といわれた。「ございません」と答えると、すぐにお帰りになった。乳母車で坂道を下られるのか、上がられるのか、どこまで帰られるのかは知らない。いずれにしても『旅の重さ』という本だけを求めて来たようであった。「ございません」と答えるほかなかった私の心の重さも、あの母親の足の重さに比べることはできない・・・。(K.T)
昭和48年12月号「としょかんだより」 vol.29.「ひろば」欄
そして、この文章のあとに
「ひろば」欄では、利用者のみなさんの投稿をお待ちしています。本の感想、図書館や館報に対するご意見、ご希望など、なんでも、お気軽にお寄せください。
という文が添えられている。
利用者の生の声を武器にするほかないと考えていた青い自分の姿が回想される。なお、この文章等を契機に「としょかんだより」の中身のチェックが強化された。
「ひろば」に登場する母親は、おそらく映画化の情報から原作をと発想されたのだろう。いま、その映画のキャスティングをみるとなかなかの顔ぶれ、DVDででも観てみたいと思う。
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今朝は厳しい冷え込みはなかった。
一枚脱いで、散歩の出かけました。
正解でした。
太陽が出ると、うっすらと汗ばむ感じがしました。
雲に隠れると、すぐ冷えますが・・・。
そこここに遊ぶ小鳥や春隣り
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早朝には、まだ路面はそこかしこで凍っています。
特に我が家の庭が危ないのです。
新聞配達の車も郵便配達のオートバイも苦労しているようです。
それでも、私は散歩に出ます。
凍路踏む足の重さと気の重さ
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春が待ちどおしいなんて気分になったのは初めてのようです。
今日も冷えました。
日陰の沼に張った氷が、少しだけ、諏訪湖の御神渡りのようになっていました。
沼氷り一羽のカモの姿なし
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子どものころ、氷のことを「かんこおり」と言っていた。
池に「かんこおり」が張ったなどと使った。
今になって「かん」とは?と疑問を持ち始めた。
寒かとは思うが、こんな単純な重なりを敢えて使うか?
金
鉄
つまり硬い氷も捨てがたい。
かんこおり透けて空き缶二つ見ゆ
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暴風雪警報が出ていますが、それほどでもありません。
これから酷くなるのでしょうか。
部屋の中で、外套を着ています。
ストーブは点いていますが、あまり効果があがりません。
退屈です。
みかんを食べ過ぎて、胃がおかしいのと、間食の戒めを破った罪の意識を感じています。
外は風部屋は蜜柑の香が動く
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眠られぬ夜は誰にもあろう。
朝早く目覚めることも、誰にもあろう。
昨夜は眠れなかった。
午前1時を知り、2時を知り、3時を確認する。
5時近く新聞配達の軽自動車が庭に入ってくる。
夏場だと起きて受け取ることも多いのだが、今の季節は寝床の中である。
砕氷の音がしがしと着く朝刊
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車の運転中にいい句ができたのです。
近来にない出来のいい(もちろん自画自賛)句が出来たのです。
韻を巧みに二重に踏んだ句だったのです。
帰宅したら完全に忘れて、思い出せません。
何を詠んだのかも、季語が何だったのかも思い出せません。
1時間後にもう一度記憶力の回復にトライしましたが、無駄でした。
何も思い出せないのです。
よって、今日は、迷句の発表を中止します。
まあ、結局は、どうということもない、無い方がよかった句だったのでしょう。
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寒さにも大分慣れましたが
雨戸繰る指先痛し冬深く
大寒の指先痛し繰る雨戸
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冬の季語だが、正月を過ぎた季節ではなかろう。
現在だと遅くても12月初旬までの冬だろう。
歳時記に曰く
晩秋から初頭にかけて木の葉がしきりに落ちるように、人間の落髪もややその度を加えることを言う。「十月(陰暦)の木の葉髪」という諺がある。
私も十分に、落髪とつきあってきたが、初冬にそれが増えるとは意識していなかった。もちろん春になれば、新しく萌えるということはない。決してない。
木の葉髪鏡はちらと見ることに
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ここ数年なかった現象です。
沼が凍り、午後になっても全然融けません。
温暖化が止まった結果だとしたら嬉しいですが、限定的な現象に違いありません。
10年もすれば今日の現象がとても貴重な現象だったということに気がつくでしょう。きっと。
沼の周りのススキも穂綿が吹きちぎられて、私の頭状態。淋しい、哀れな風景です。
風雪に揉まれて薄し枯れ尾花
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朝の散歩中ずっと雪が舞っていました。
珍しい景色ではありません。
珍しかったのは、風がなかったときがあった時です。
静かに静かに、雪が垂直に降ってくる様子を珍しい初めて見た景色だと思いました。
垂直といっても、幾何学的な正確さは持ってはおりません。
風に流されないので、まっすぐに落ちてくるように見えただけなのですが、印象的でした。
落下傘が、着陸ポイントに確実に降りてくる。次から次へと・・・。
自分の歩く速度だけが、雪を乱すのです。
目の前の雪が突然乱れて、自分の体にあたる、それだけが乱れです。
雪の精我が肉体を疎まざる
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昨年の10月15日から始めた、仮想の八十八ヶ所徒歩巡りが昨日終わりました。
1280キロくらい歩いたのです。この距離だけは仮想ではなく、本当です。
回り終えた感想は、ほとんど何もありません。もともと1巡りが目的ではなくて、歩いているうちに何かが変化するかと思って歩き始めたので、あえて言えば「変化」が目的です。
血糖値の変化とか、体重の変化は、副次的なもの。
ねらいは、「心境の変化」
この変化は、まったくありません。
したがって、もう一度、八十八ヶ所を巡ります。変化が現れるまで歩き続けるつもりです。
でも、仮想の旅では、なかなか達成できないことなのかもしれません。
機会をみつけて、阿波の国だけでも、実際に歩いてみたいと思い始めていますが・・・。
見上げればただぼんやりと冬の月
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外出時に買えばいいものを買い忘れた。
散歩のついでにと買いに出かけた。
凄い風が吹いていた。
下校の子どもたちが風におし戻されていた。
自転車の子は降りて押していた。
それでも、お使いを無事済ませたのだが、お褒めの言葉はなかった。
西空に雲ひとつなし風疼く
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毎日の散歩が効を奏して、血糖値との闘いに勝ちをおさめ始めた。
昨年暮の血液検査の結果を今日聞きに行ったところ、ヘモグロビンA1cが5.5%と正常値で問題ないとのことでした。このまま、食事と運動に気を配ることでいいということでした。
そうでしょう。そうでしょう。毎日2万歩を超えるウオーキングと粗食で、血糖が上がったとしたらおかしい。
当然の結果が出ただけである。ただ、油断大敵である。
早速、今日は散歩する気がしない。一万歩でお茶を濁しておこうと怠惰の虫がささやいている。
風も強いし、風邪をこじらせてもいけないし・・・。サボル口実は、いくつも、すぐに見つかる。
風花と落葉が舞って吹き溜まり
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散歩路の脇の用水路も凍っていました。
薄氷の色変わるとこ水流る
白サギの氷を割りて飛び立てる
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温暖化がすすみ、寒くてたまらない気温の日は、一冬に何日もなくなった。
が、今日は、そんな寒い日の一日。
それでも、最高気温は氷点下にはなるまい。
こうなると真冬日が恋しい。
恋しいはおかしいか?
真冬日も、何日かは、あってほしい。
この正月から、テレビも「地球温暖化」に少しだけ力を入れ始めたように思う。
待ったなしの状況なのだから、もっと、ヒステリックに叫んでもいいと思う。
あの独善的アメリカ政府に対して、アメリカ市民はどういう態度をとっているのかも報道して欲しい。
アメリカの新聞には、日本の投書欄みたいなのはないのだろうか?
あったとしたら、そこには温暖化に対して、どういう意見が掲載されているのであろうか?
昼日中湯たんぽを抱きラジオ聴く
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今のところ、わが心身貧弱生活は、歩くことで、どうにかなっている。
読む本も遍路関係ばかり。
今日読み終えた有園幸生『お遍路』毎日新聞社1992 中に、棒があった。
犬が当たる棒である。禍ではなく、幸いに近い棒で、それも2本あった。
思いがけない情報が入っていた。「それがどうした」言われれば、別にどうと言うこともない、極めて私的な情報で、その思いがけなさがなかったら、自分でも反応しなかったかもしれない。
昨年の2月初め、中学校の同窓会があった。いつもは中学校近くで行なっていたのだが、そのときは県庁所在地で開いた。その会場が『お遍路』に出てきたのだ。同級生の弟夫婦が経営しているビジネスホテルだが、先代の情報まで載っている。著者の定宿。
もう一つの棒は、『旅の重さ』素九鬼子著 筑摩書房 1975。これが、四国巡礼関連の暗い本として有園氏が紹介しているが、この本に忘れられない思い出がある。いや、本は未読だから、この書名には忘れられない思い出があるというべきか。詳細は、すぐ図書館に依頼したので、読了後に明らかにする。昭和50年の思い出である。
火の色に変わりて寒し冬夕焼
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歩いたけれど、何事も起こらず、特別のものも見なかったが、見たくもないものに眼が行った。
投棄ゴミ目立つ枯れ野になりにけり
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運動公園の調整池で鳥たちが羽根を休めている。
秋の終わりには来ていたのだが、この頃になると私の足音では身じろぎもしなくなっている。
慣れたのだろうか。
最初は、池の岸を変えるくらいは動いたのだが・・・。
鳥の名?
視力の衰えもあって、正確な姿形、羽根の色などがわからない。
双眼鏡を持っていくほどまでの探究心はない。
鴨か雁か鴛鴦だろう?鴛鴦はいないか。彩りの鮮やかなのはいない。
くすんだ目立たない色である。
あくびする鳥はいないが日向ぼこ
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「犬も歩けば棒に当たる」
いろはカルタの冒頭の句だが、どういう意味だか、知らないまま生きてきた。
恥を感じて早速辞書を引いてみた。
『広辞苑第3版』には
ー物事を行う者は、時に禍にあう。また、やってみると思わぬ幸いにあうことのたとえ(前者が本来の意味と思われるが、後の解釈が広く行われる)
とある。
私も歩けば退屈がしのげる。
今朝9日ぶりに歩いてみた。
早速、葬儀に遭遇した。
5軒東隣りでどなたかがお亡くなりになったようだ。
隣組の組が違うので、何かをしなくてはならない義務はないのだが、暢気に散歩している姿を見せるのも気が引ける。顔見知りの人々も大勢集まってきている。
一転、西へと歩いた。
・・・そういえば、あすこのお婆さん冬の初めから姿がみえないなあ・・。秋の終わり頃までは、いつもの着物姿でよく歩いていたのだが・・・。90歳過ぎの元気のいいお婆さんだったが・・・
供養になるかどうか、般若心経を唱えながら歩いた。
せいぜい2ヶ月ちょっと寝ただけか?大往生なのか、早すぎたのか??
松明けを待って刀自の門出かな
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病も癒え、正月も過ぎ、退屈な日常に戻った。
この退屈をなんとかしなくてはならないのだが、退屈をしのいだとして、そこにどんな意味があるというのだろう。
明日の朝でも、その意味を探してみようかと思う。
これでなんとか、明日の朝は退屈しないで済むかもしれない。
胃薬の残りを捨てて日脚のぶ
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食欲がまったくなく、味もわからないので、昼食はかまわないでいいと家内に告げておいたら、本当になにもなかった。朝ごはんの残りをレンジであたためて、しけったふりかけをかけて食べた。
今晩もなにもないようだ。
もっとも昔から七草粥など食す習慣はない。
ただの粥に塩でもかけて食べようかと思う。
七草の草の名知らず粥を食う
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去年の正月六日付けのブログがない。
書かなかったのだろう。
留守にしていたのか、忘れたのか記憶は一切ない。
前後の記事を読むと何もない。
多分書き忘れたのであろう。
今年も、別に書くことがない。
六日はや今年の夢を捨てにけり
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病は快方に向かっている。
寒暖を感じる力も正常に戻ってきているようだと思っていたら、風邪のようである。
昨日病院でいただいてきたのかも知れない。
屠蘇酒も含まぬ口に五日風
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いつまでも寝ていてはダメと思い、外出しました。
行き先は病院でした。
意外に混んではいなく、皆様よいお正月を迎えたようで、ようございました。
1時間半かけて点滴を受けましたが、めだった効果は感じられません。
両隣のベッドでも点滴を受けている方がいらっしゃいました。
お二人ともなれていらっしゃるのか、お疲れだったのか、すぐにいびきが聞こえていました。
私も寝不足気味(寝正月をして寝不足なんて変ですが)なのですが、ウトウトさえ出来ません。
つくづく損な性格だと思いましたが、お蔭で裏からでも点滴液の名前とメーカー名を確認する時間がとれました。
「TERUMO 500ml 生理食塩液」とありました。ネットで調べると、これ自体は水のようなもので、脱水補正の役割しかない(因みにポカリスエットは、この液を手術をおえた医者たちが飲んでいるのを見て、開発されたらしい)ので、おそらく、吐き気止めの薬を混入していたのであろうと考えられます。看護士の方が説明してくださるといいのですが・・・、聞かない私が悪いのでしょう。
処置室に迎春の紙静かなリ
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駅伝を観て過ごすのは毎年同じだが、今年はそれ以外に何もしない、寝正月となった。
実業団も箱根も贔屓のチームは惨敗したが、悔しくはない。
それほど身を入れて応援していないのだろう。
何事にも夢中になれなくなった自分を老いたなとおもう。
足先と襟元寒し寝正月
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体調を崩した。
原因は生牡蠣のようだ。
おおみそかに食して、直後からおかしくなり、昨日も今日もよくならない。
同じ物を食べた者は何でもないのだから、すべての責任を牡蠣に押し付けることはできないが・・・。
それだけ、抵抗力がなくなっているのだろう。
いつまでも箱根駅伝観て過ごし
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あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

正月やねずみの歳に招き猫
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