2月29日
2月29日といっても何もない。
4年に1度の珍しいこともない。
いや、今日は少し春めいて暖かな日だった。
これは珍しいできごとか、ことしの春はすすまない。
春空にただぽっかりと雲浮かぶ
できるだけ明るい話題をとは思うが、それがない。
暗い話題は避けたいと思うが、そればかり。
腰の違和感、翌朝には回復しそうだと思っていたが、逆の目が出た。
昨日今日と寝て暮らしている。
気をつけていたから、痛みは激しくはないが、ウォーキングはとても無理。
なすこともなし、テレビをみたり、本を読んだり。何も面白くはない。
寝たきり生活の予行演習・・・灰色の空が広がっている。
春陰や妻の土産の堅き豆
税務署へ行ってきました。
確定申告ではない申告をしなくてはならなかったのです。
奥方が、今住んでる宅地、借地だったのですが、贈与を受けたので、その手続きです。
評価額の低い狭い土地なので、納付すべき税金は、今回は発生しませんでした。
私は運転手兼補佐役でした。
税務署を出るとき、履いてた靴の踵が取れてしまいました。
ますます、みすぼらしい老爺の出署です。
春浅し無税の似合う老爺吾
やや腰に違和感がある。
無理してウエスト70cmのズボンを穿き、血流を悪くしたのが原因か、悪い姿勢で確定申告等の書類を書いたのが原因か、その合わせ技か。
明日の朝にも、よくなるだろう、その程度のものである。
春寒や背伸びに硬き肢体なり
カントリーエレベーター工事の続報です。
他愛のない情報です。
大勢の労働者諸君が働いているのでしょう、彼らの車が工事現場の空き地では収容しきれなくなって、道路を挟んだ向かい側の運動公園の駐車場に停めるようになったのです。
その車のナンバープレートの地名が、この私の関心を引いたという他愛のない話です。
県内ナンバーが圧倒的なのは当然として、札幌と和歌山の、それもかなり走りこんだ軽自動車が目に付きましたが、もっと、関心を引いたのは、長崎ナンバーと筑豊ナンバーの2台でした。この3台はかなりの高級車で、長距離運転も苦にはならないでしょうが、どういう技術の持ち主なのでしょうか。どこにでもいる技術者ではないのでしょうね、こんなに遠くまで働きに来てくれるのは。
遠来の車に淡き春の雪
午後二時少し前のことである。
みるみるうちに世界が暗くなり、雷鳴がとどろき、稲妻が走り、大粒の雨がおちてきた。
この世の終わりか。
終わりならそれもよかろう。
天変地異による終末なら甘受できる。
もちろん、原爆や温暖化などの人為原因と比べての話であるが。
金持ちだけが生き延びそうな、いまの世などは最悪である。
そんなことを真っ暗になった部屋の隅で、考えていた。
滅びるなら全員が一瞬で・・・。
春雷の熄みし世界の白さかな
カントリーエレベーターってご存知だろうか?
Country Elevator 和製英語っぽいけど、どうやらアメリカでも使うようだ。
我が家のすぐ近く、徒歩7分ほどのところに建設中である。
3月末が完成予定のようで、たくさんの人が働いているようだ。
車の行き来も激しい。
泥や埃も激しい。
春塵を見下ろして建つ高き塔
確定申告の時期になった。
今年からe-TAXにしようかと迷っている。
電子証明書とICreaderの準備が面倒なので、二の足を三度踏んでいる。
ほんとにしがない年金生活者だから、e-taxでなくてもいいのだが、5000円の控除に気持ちが揺れるのだ。
今年も還付はなく、2万円ほど納めなくてはならないようだ。
春浅き税務署までの道遠し
ガソリンがこう高いと長距離ドライブはできない。
もっとも、する気力もないのだが・・・。
1リットル146円、これは高い。
安くするという民主党の案も、圧倒的な支持を受けるどころか、迷走しそうな気配がある。
貧乏人は車を捨てて歩く。
私一人なら対応は、今すぐにでも可能だが、奥方の運転手を勤める私。
自分の意思では何も決定できない。
今日も買い物に車で出かけた。
安売りのジャガイモ・タマネギ・大根・ニンジンを纏め買い。
リュックに入れて歩いて運ぶには無理な量。
公共交通機関のない地域では、車を捨てることは、物理的に運転できなくなるまで、事実上不可能だ。
梅の枝切取る人を見かけたり
冬来たりなば春遠からじ
これはあくまで季節のこと。
明けない夜はない
これはあくまで日時のこと。
人生には、ずっと冬、ずっと夜がある。
ただ、そこに、春という、あるいは朝という概念が存在しておれば、それが救いになることもあろうか。
なにかあることもなけれど春を待つ
山茶花の花の命の長さを知らなかった。
ほぼ冬の季節いっぱい咲いているそうだ。
それをこの歳になるまで知らなかった。
というよりは、無関心でありすぎた。
そこで、ことしは、十分気をつける積りでいた。
積りだけで、実際には、相変わらず、無頓着であった。
が、きょう、歩きつかれて止まったところで、そういえば、あの山茶花の花はと、
十一月頃みかけた垣根を探してみた。
花も蕾もあった。
あるにはあったが、雪か霜か寒さにやられたか、茶色く変色して、枯葉に溶け込んでいる。
ことしの冬は、寒いのだ。
雪焼けの山茶花の花東司裏
風速が1メートル増すごとに、体感気温は1度減るそうです。
このところ10メートル前後の風、ときには20メートルを越す風が吹いています。
寒いのです。
寒さの冬も、ヨロヨロ歩くほかないのです。
眼の前は凍えた道のあるばかり
「アメリカ大統領選挙のしくみ」の分かっている日本人は何%くらいいるのでしょうか?
国会議員に限っても、30%もいないでしょうね。
もちろん私も分かっていません。
いまテレビで毎日報道されていますが、よく分からないのです。
まあ、連邦制ですから、州によって方法が違うのは分かります。
いま行っているのは、民主党と共和党の大統領候補を選んでいるのでしょうから、党によって方法が違うのも分かります。
分からないのは、この二つの党以外の考えを持っている人は、どうするのかということです。
少数は存在する意味が無いということなのでしょうか?
州によっては、党員以外でも投票できる州があるようですが、それにしてもです。アメリカという国は、よく分からない国です。同じ党内では、選挙演説のうまい下手で、候補者が選ばれるようで、政策の違いはほとんど報道されていません。
私が一番知りたいのは、地球温暖化に対しての政策なんですが、耳が悪いのでしょうか、まったく聞こえてきません。日本の報道もただ予備選挙の結果だけを伝えるだけしかできないのでしょうか?
寒風に吹き戻さるる峠越え
凄い風です。
玄関は鍵をかけておかないと開いてしまいます。
さすがに歩くのは止めました。
体が飛ばされそうになるからです。
もともと風の強い地域なのですが、風力発電所はありません。
強すぎるからでしょうか?
雪の玉転がり落ちて砕け散り
地球の温暖化が気になる昨今ですが、、今年の冬は寒いです。
それでいいのです。
今日は、また、風も強く、荒れ模様の天気でした。
雪が降ってくると、吹雪になります。
さらさらした雪なので、西風にあおられて、田んぼに降った雪が舞い上がり、地吹雪にもなります。
本場とは、スケールが違いましょうが、視界がさえぎられて、怖いです。
出会う人みんな寡黙に眉に雪
今日は月曜、でも休日でした。
平日にしかいかない大型のショッピングセンターに行くことになりました。
もちろん、奥方の命令であります。
彼女の友達と二人で、午前9時半から午後2時まで。
そんなに待つことは出来ないので、一度家に帰って来たのだが、落ち着かない。
昼ごはんを食べてから、また、でかけた。
1時間くらいなら、店内を歩いて時間が潰せる。
ウォーキングのいい場所になる。
雨の日なんかは特別のコースとなる。
が、休日が、あんなに混むとは・・・。
3000台は入りそうな駐車場で、空きスペースを探すのからして大変だった。
歩くにも、人込みに紛れるので、店員からの注目はなくなるのだが、とにかく歩き辛いのには閉口した。
安売りの冬物衣類買い漁り
この冬は、けっこう寒いが、雪は少なかったのだが・・・。
朝早く、二階の屋根から雪が滑り落ちて、一階のトタン屋根を打つドスンという音がして、目が覚めた。
いや目が覚めて、考えて、そう理解したのである。
夕べ遅くか、朝方にでも降ったのだろう。気温が高いので、雪が滑り落ちるようだ。
5時半起床。早速表に出てみた。雪明りで眼は利く。
朝飯まで、ちょうど1時間雪かきをした。
新聞配達は日曜だけは、別の人がオートバイでくる。
その道作りに精を出した。が、新聞は届かない。
次に道路に出て、垂れ下がった竹の雪を落として歩いた。
それでも新聞は届かない。
しょうがない。本格的な雪かきを始めたところで、朝ご飯。
朝ご飯中に新聞が届く。オートバイではなく、軽自動車だった。
そうでしょう。オートバイでは危険なところが多すぎる。
一休みしてから、また雪かきを。
8時から10時までかかった。
湿った重い雪である。腰痛に十分注意を払って、休み休み働いたので、時間がかかったようだ。
ウォーキングで足腰は鍛えられていたようで、なんともないが、腕がダメである。
春からは、腕も鍛えなくては・・・。
足跡はテンか狸か雪残す
『旅の重さ』中で触れたことが、気にかかっていたのであろうか、昨夜、夢に出てきた。
「読みたい本のない図書館なんてなんとかを入れないコーヒーどころか、医者のいない病院みたいなものだ。」このセリフを吐いた人のことを思い出したのだ。夢の中で。
なんとかを入れないのなんとかは「クリープ」である。具体的な商品名なので、図書館報の中では「なんとか」としてごまかした。当時のテレビCMで、しょっちゅう流れていたフレーズである。「クリープを入れないコーヒーなんて・・・」の・・・を埋める、そんな遊びだっか、CMの延長だったかがあったように記憶する。そこで、ネットで調べてみた。以下の引用は「一世を風靡したテレビCM 2」から。昭和48年(年代はぴったり一致)の欄
クリープを入れないコーヒーなんて・・・」と渋い中年の魅力、芦田伸介が暖炉でクリープ入りのコーヒーを飲む。他にも、「クリープを入れないコーヒーなんて・・・」を喩えるフレーズを各界の人に募集。例えば野球解説者の青田昇氏「ホームランの出ない試合のようですね。」大賞を取ったのは、「クリープを入れないコーヒーなんて、女性のいない世の中のようなもの。」ほかのサイトでは、手塚治虫の「風刺のないマンガのようなもの」を紹介していた。
そこで、私が「クリープを入れないコーヒーなんて、読みたい本のない図書館のようなもの」と言ったところ、「読みたい本のない図書館なんてクリ-プを入れないコーヒーどころか、医者のいない病院みたいなものだ」と強烈な図書館批判をした30歳前後の女性がいた。「子どもの本を読む会」の席上であった。その女性が、夢に出てきたのだ。姓も名も思い出した。夫の顔も、二人の息子の顔も、ついでに舅の顔も思い出した。彼女は、いわゆる転勤族で、ほかの図書館を使った経験があり、いま通う図書館の貧弱さに憤りさえ覚えていたのであろう。
さて、現在「読みたい本のない図書館なんて・・・」で、・・・を募集があったとしたら、あなたは、どうこたえるであろうか。
夢果てて行き着くところ枯堤
注目しているブログがあります。国見弥一さんの壺中山紫庵です。
きょうは、そのブログから、大きなヒントをいただいたので、そのことを書きたいと思います。
私は、神も仏もないと思っていました。今もなお思っているのかもしれません。
けれど、神や仏に、すがるほか無い心の状態を知っています。
そんな時、人は祈るのです。
「タスケテクダサイ」と叫ぶのです。
でも、その祈りは、自己満足の範疇に属する、ある甘えであって、結局は空しいものだと考えていました。
その私が、今朝「想いは消えない」を読んでいて、
「だからこそ、祈り、というのは、奇跡の営みなのであろう。祈りを知る人こそ、人間の究極の業(ごう)を知る人なのだろう。人間とは、つまるところ、祈りなのだと小生は思っている。」
の個所にきたとき、なんだか大きなことを教わったような気がしました。「般若心経」の精髄に触れたような気がしたのです。「空」が徹底的に分かった上で、なお、羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶を唱えるのです。ここのところが、腑に落ちたような気がしたのです。
真言を唱える口に春の雪
季節が重なるころは、三寒四温のころ。
それまで、今しばらく、
皆様体をおいといください。
私の句は、典型的な素人俳句の季重なりですが、
冬の果て枯れてなお立つ枯れ尾花
襤褸衣重ね重ねて冬の果て
まだまだ真冬の気温であるが、春の足音はかすかにしている。
日の入りの時間が遅くなったこと。
鈍感な私にも分かる春の足音だ。
この季節が一番変化するのであろうか?
それとも、均等に変化しているのだろうか?
終業の鐘のひびきや日脚のぶ
いつのまにか右手人差し指と中指がしもやけになっていました。
しもやけでしょうね。
それとも、別の・・・。
赤くはれ気味でかゆい。
温まると余計にかゆい。
これって、しもやけでしょうね。
子どものころには、馴染みがありましたが、今では懐かしいほど珍しい。
奥方に命じられてする水仕事、これが原因でしょうが、口が裂けても言えません。
黙ってオロナイン軟膏を塗っておきました。
しもやけの指の痒みのいじらしさ
土曜日は連れ合いの外出日。
昼ごはんは朝の残りを処分することにしている。
味噌汁に残飯を入れて雑炊にしてみた。
味噌汁の出汁がいまいちだったので、雑炊の味はいまに。
雑炊のあたたかさだけご馳走に
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