祈りは消えず
注目しているブログがあります。国見弥一さんの壺中山紫庵です。
きょうは、そのブログから、大きなヒントをいただいたので、そのことを書きたいと思います。
私は、神も仏もないと思っていました。今もなお思っているのかもしれません。
けれど、神や仏に、すがるほか無い心の状態を知っています。
そんな時、人は祈るのです。
「タスケテクダサイ」と叫ぶのです。
でも、その祈りは、自己満足の範疇に属する、ある甘えであって、結局は空しいものだと考えていました。
その私が、今朝「想いは消えない」を読んでいて、
「だからこそ、祈り、というのは、奇跡の営みなのであろう。祈りを知る人こそ、人間の究極の業(ごう)を知る人なのだろう。人間とは、つまるところ、祈りなのだと小生は思っている。」
の個所にきたとき、なんだか大きなことを教わったような気がしました。「般若心経」の精髄に触れたような気がしたのです。「空」が徹底的に分かった上で、なお、羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶を唱えるのです。ここのところが、腑に落ちたような気がしたのです。
真言を唱える口に春の雪
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Comments
私は何時も何かにつけ祈っています。
何故祈るのか・・・多分心が弱いからでしょう。
もう一つは自分の力ではどうにも出来ない目に見えない大きな力によって生かされていると感じるからです。
そして祈った後の結果に満足出来なくても ここまでやったのだからもういいのだと気持ちを納得させその後を平安にお気軽に?生きたい為に祈るようです。
自己満足でありかなり自分勝手な祈りです。
私も多分神も仏も無であり空であろうと思いつつ人間が幸せになる為に説かれた経を・・ 羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶と唱えるたくなるのです。
Posted by: momo | February 09, 2008 at 03:07 PM
momoさま 折角のコメント、見過ごしていました。失礼いたしました。あなたの正直な正直なこころに触れることができたような気がします。
Posted by: mitleben | February 16, 2008 at 06:47 AM