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2008/04/30

いつの間にか雑草が

久し振りに、近くのグランドにウォーキングに出かけました。雑草が伸びて、歩きづらくなっていました。自然の営みは、たゆまないものなのですね。

朝露が残り、土蜘蛛の張った巣が一面の白い花畑のように(いや違うか、花のように美しくはないから、でも適当な表現が思いつかない)光っていました。

  足元に白き蜘蛛の巣揚雲雀

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2008/04/29

昭和の日

「天皇誕生日」だったのが、「みどりの日」に代わった記憶はあるが、それが「昭和の日」に代わった記憶は、あるような、ないような、ビミョーである。「毎日が日曜日」になって、休日が増えようが、減ろうが、「そんなの関係ない」高齢者には関心を寄せることがない、ってことなのかもしれない。「みどりの日」が五月四日引越ししていたのも知らなかった。

そこで「国民の祝日に関する法律」を調べてみた。

昭和の日 四月二十九日 激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす。

みどりの日 五月四日 自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ。

とあった。「昭和の日」を設けた意味、将来に思いをいたすと、「平成の日」が生まれるのであろうか。その日まで見届けてから、あの世にいこうと思う。

  雉啼くや大正生まれの父母想う

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2008/04/28

風さえなければ

風さえなければ、絶好の行楽日和でした。でも行楽にいく予定はまったくありませんでした。午後からは、病院へいきました。後期高齢者の皆様でいっぱいでした。行楽に行けない人のほうが、圧倒的に多いゴールデンウィークとなりそうに思います。

  薬局へ踏んで固めて芝桜

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2008/04/27

ボケの花

ボケの花、有体に言えば、「これがボケの花です」と自信を持っては言えない。ボケているからではない。よく知らないからだ。ただ、あれは、もしかして、ボケではないか、くらいの観察力がついてきているように思える。

そんな話ではない。頭のボケの話だ。昨日のこのブログに記事がない。本人は、忘れた積りは全くないのに、記事がない。これをボケと言わずに何と言うか。哀れな我である。

  ボケらしき花をみつけて遠回り

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2008/04/25

ぼんやりと歩いていると

ぼんやりと歩いていると、電柱にぶつかりそうになった。そのときふと二宮金次郎を思った。薪を背負って本を読みながら、昔は、車も通らなかったからと言っても、道路は石ころだらけ、よく読めたものだと思った。

そして、読んでいた本は何だったのだろうかと思った。「図書館にでも訊いてやろうか」テレビのうんちく番組なんかでは、「大学」と言っていたようではあるが、それは、何を根拠にしているのだろうか。確かなところを訊きたいのだが・・・。

  桜散り椿も落ちて迷い道

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2008/04/24

初燕

燕を見た。この春私としては最初だが、たくさん飛んでいたので、もう少し早くから来ていたのであろうと思う。

  いつのまに時は移りし初燕

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2008/04/23

踏み切り事故

昨日の話である。午前11時33分の電車に乗ろうと自転車で駅まで走った。時間には、5分ほど余裕があった。ゆっくり駐輪場に向かおうとしていると、駅の構内アナウンスが聞こえてきた。「踏切事故のため、電車が大幅に遅れています」と言ったようだ。自転車に乗ったまま、駅の電光掲示板で確かめていると、運転中止車両も出ているようだった。これでは、家に帰って、車で出直したほうがいいかと思案していると、「まもなく下り電車が入ります」とのアナウンス。

それからのドタバタ。駐輪場の空きスペース探し、鍵かけ、切符と、改札通過の時には、既に電車のドアは開いている。運転手に手を振って合図して、やっとのこと、間に合った。いつもは、5分ほどかけてしている作業を45秒ほどで行ったことになる。最近のできごととしては、特筆に価する。(結局、私は3分早く、目的駅に着いた)

事故は、すぐ近くの踏み切りで起こったらしい。軽い接触事故らしかったが、風説だけで、正確な情報は得られていない。地元紙でも探せば得られるかもしれない。風説とは、おもしろいもので、80過ぎのおばあさんの自転車の前輪が、踏み切り内に飛び出していて、接触したらしい。あるいは、午後のニュースで放送されたのか、単なる風説にしては詳しい情報が入っているなあと考えている。

  怪我無くてよかったよねさくら散る

  

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2008/04/22

逃げたにわとり

逃げた鶏を追って三人がやってきた。隣りの人である。聞けば、5日ほど前の大風で、鳥小屋の扉がひらいて逃げ出したのだとか、今日、始めて、その姿を見かけたので、捕まえたいと、魚をすくう網まで手にしている。見れば頭部が黒く、羽根は真っ白の鶏、あまり、みかけない種類の鳥である。

しばらく、右往左往していたが、とても、捕まりそうにもない。私も手を貸したいが、腰痛気味で無理なのである。結局、山の方に逃げ込まれて、捕獲を断念したようである。

  連翹の茂みの奥に逃げる鶏

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2008/04/21

村松友視 「骨董通り0番地」

乱読だが、多読ではない。最近は、読んだことのない人の小説を図書館でみつけて読んでいるが、おもしろい本に出会う確率は低い。具体的な作家名を挙げてもいいのだが、本人やファンが不快に思うだろうから挙げない。虫けらのような私が、こんな気を使うのも滑稽か?

村松友視の作品は、直木賞受賞作『時代屋の女房』を読んだだけである。あの頃は、芥川賞と直木賞受賞作しか読んでいない時期。つまり受賞作だから読んだわけである。非常にミーハー的読書をしていたわけである。

『骨董通り0番地』は、まったく、私と縁のない人々、場所、薀蓄等で出来ている小説で、それがおもしろかったのだろう。例えば、コーヒーの飲み方。私はインスタントコーヒーの粉末を容器から直接適当に、温めもしない、時として、水滴の入ったままのカップに落として、ポットの湯を注いでおわりとしているが、小説の男たちは、それをコーヒーらしき飲み物としても認めないかもしれない。まったく住んでいる世界が違う。生活の質が違うのだ。流れている時間が違う。

自分の実生活とまるっきり違う。それでも、嫌気もささずに、読み進めることができたのは、知らない世界の情報が得られたことに在るのでは、決してない。ウイスキーやカクテルの名前や作り方など知りたくもない。ひとえに、作者の腕前、文章の力がなせる技なのだろう。小説の世界に悠々と遊ぶことができたのだ。

小説の中に谷崎潤一郎の『天鵞絨の夢』が重要なファクターとして出ている。作家村松は、十二分に谷崎を意識しているのだ。雑誌発表時の原題は『天鵞絨の夢』、完全に谷崎と同じ題名なのだ。文章力のない作家には、とても真似できない試みだ。

やはり小説の基本は、文章力だろう。

  西風に壊れて流る花筏

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2008/04/20

員数外

今日は、妻の実家の種蒔きである。例年よりは、1週間ほど遅かった。実家の子どもたちも巣立ち、人手不足なのだが、私は、役立たずの員数外。腰痛のための労働免除である。

誰もいない家で、悄然としているのが、我ながら、物悲しくある。数日振りの日の光が、余計に寂しさをつのらせるので、布団をかぶって、しばらく転寝をした。

  蔓延るはぺんぺん草と塞ぎ虫

  

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2008/04/19

花冷え

大荒れの天候になるとの予報が少しはずれて、雨も、そして風もそれほどでもないが、寒い。寒いのは余計に陰気になる。ice of  pessimismである。近所で弔いがある。

  花冷えの弔いの灯の揺らぎかな

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2008/04/18

人情はどこへ

人情はどこへって首を傾げたくなるような政情ではございませんか?まあ、もともと政治に人情などないのかも知れないが、雀の涙ほどしかない年金から、分かるような説明もしないまま、天引きしていく。それが、効率的で、確かな徴収方法だというが、75歳は、政治家や官僚の言葉が分からない、そんな年齢なのだから、「情けない世の中だ」と嘆くほかないのだ。

  酷薄な人の情けに散るさくら

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2008/04/17

片栗の花

墓地でもボチボチ探そうかと思ったり、いや、法令違反にならなければ埋葬しないで、庭の片隅に置いてもいいかなどと思ったりしている。

その墓地の名前に「かたかご苑」だったか、そんな名前があった。物知らずで、今日までかたかごが片栗の古名だということを知らずにいた。そういえば、墓地のまわりに沢山のカタクリが群生している。今は、盛りを過ぎて、萎れ始めているが。

 墓山のかたかごの花我一人

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2008/04/16

血糖値がまた

血糖値が高いと言う。皮膚科の投薬、副作用チェックのための血液検査のおまけである。そういえば、腰痛気味で歩くのが極端に少なくなっていたし、伊勢土産の赤福をたんと食べたり、連れ合いの誕生日だとかで、ケーキを食べたりしたので、高くなる因子に覚えはあるが・・・。大した数値ではないのだろうが、精密検査をすると、また、血を抜かれた。

  桜餅食べたくあれど血糖値

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2008/04/15

桜月夜

まだ暮れきってはいないが・・・

  半月中空にありて夜桜

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2008/04/14

さくら咲く

まもなく満開である。さくらまつり会場への誘導標識も目立って多くなっている。今日はあいにくの雨だったが、晴れれば人でも多くなるのだろう。

 腰痛の爺も見上げる桜花

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2008/04/13

ピグマリオン効果とゴーレム効果

カタカナ語が特に覚えられなくなった。日本人である。

「駄目だ駄目だ」「老いた老いた」と言っていたら、ほんとに駄目になっていくのが、ゴーレム効果。どうやら、我が家庭には、ゴーレム様が住み着いているようだ。

妻曰く「この禿親父」 我曰く「この三重顎の三段腹」

我ますますはげ、妻ますます太る。70近いのに、30あご、わかいのである。

ピグマリオンさまの方は、我が家には縁がないようである。チューリップが咲いたら、「美しい、美しい」と、褒め上げてみようかと思う。

  寺守る老犬の背にさくらばな

  

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2008/04/12

せんきり せんをきる

突然、子どものころの言葉が半壊状態のわが記憶装置から甦った。

「せんきり」「せんをきる」という言葉だ。方言だろう。

「あいつは、せんきりだ」「あの先生、せんきって、せんきってばっかりしょるけん、すかん」という風に使う。

上を翻訳すれば「あいつは、威張りん坊だ」「あの先生、自慢話ばっかりするから、嫌いだ」とでもなるだろうか?

とにかく、威張るとか自慢をするとか、その付近の意味を持つ言葉で、「せんきり」は名詞形である。

最近、ある会場で、わたしが「今までの経験を生かして、現状を少しでも改良していきたい」というふうな、すこしばかし偉そうな口を利いてしまったことがある。それで、今までその現場にいた人におおきな変化が現れたらしい。それを人づてに聞いて、「せんきり」という言葉を思い出したのだ。

「先頭を走る」と関係がある言葉だろうか?どなたか解かれば教えてください。いよいよとなれば、故里の県立図書館にでも問い合わせてみるつもりであるが・・・。

  桜咲く駅に人影さらになし

  

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2008/04/11

ぼけボケ呆け

今日は4月11日。昨日は10日。10日のこのブログの記事がないことに気がついた。アップしたのか、しなかったのか、記憶がない。この頁を開いた記憶はあるが・・・。

ボケが進む、進む。あまり進んで欲しくはないのに勝手に進むのだから困ったものだ。

  ほころびの目立つ桜に光る雨

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2008/04/09

NHKBS街道てくてく旅

卓球選手の四元奈生美さんが、四国を歩いている。昨日今日が私の故里に近い。昨日は、所用で、朝の放送が見られなかったので、再放送を夜の11時まで待ってみた。いつもは9時に寝ているので、とても眠かったし、太龍寺の景色がほとんど映らなかったので、今朝に期待したが、今朝も太龍寺は映らなかった。

それでも、山の景色と人々の言葉づかいは、故里のもので懐かしく、故郷の廃家に思いを馳せていた。

  映像のさくら桜に香りあり

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2008/04/08

山本音也の小説

2000年以降の作家は、ほとんど知らない。山本音也さんもおそらく2000年以降にデビューした方だろうと思う。

その方の『殺し屋はバスに乗る』(講談社。2004)を徒然だったので、読んでみた。面白いのか、面白くないのか、その境界線上にあった。私の場合。でも、少し斜め読みしたところもあったが、最後まで、読み通したので、全然つまらなかったのではない。最近は、つまらない本は、途中で投げ出すケースが多くなっているから。

登場する主な人物を全員、陽と陰で描いていて、悪人は悪人なのだが、100%悪人にしていないのが、ひとつの特徴なのだろうか、このクライム・ノベルの。

今まで味わったことのない文章を書く作家だが、ほかの作品を読んでみたいとは思わなかった、残念ながら。

  島影が次第次第に春の海

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2008/04/07

青きを踏む

  踏青や墓場に続く寺の道

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2008/04/06

昨日と同じ天気で風が邪魔

風が邪魔して、のんびりとした春にはならない。桜も咲こうとしているようだが、首をすくめているところだろう。それでも近くの運動公園から、大きな声が風に乗って聞こえてくる。

なにかの大会が開かれているようだ。喚声が途切れ途切れに届く。

  水仙の花わさわらと風にゆれ

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2008/04/05

風また暴れる

今日もまた風が強かった。電車も止まったところがあったようだが、私には無関係だった。

  おそはるの夕餉の支度はかどらず

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2008/04/04

清明

4月4日、清明である。

万物ここに至って皆潔斎にして清明なり

我不潔にして、不清明。なお恥をさらして生きるなり。

  清明や窓外の海ひかりあり

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2008/04/03

天気予報を信用して

天気予報を信用して、びしょ濡れになりました。散歩を何時するか、正午前のNHKの天気予報を見て決めました。それも県内の地域別の時間ごとの予報を信用したのです。雨の予報は、どの時間帯でも出ていませんでした。西部地域の何ヶ所かで、15時過ぎ雨の予報がありました。東部は、間違っても15時までの雨はないと判断して12時45分に出かけました。

ところが、13時30分ころから、一天俄かにかき曇り、雨が降り出しました。丁度、100円ショップが近くにあったので、傘を購入しました。210円でした。ところがです。雨だけでなく、風も強く吹き出したのです。安物の傘などは、まったく、ないほうがまだいいくらいの、すごい風と雨でした。雷もなりだしました。

家に帰りついた時は、完全にずぶ濡れ。ポケットの中のお札、ハンカチ、ティッシュ、すべて水びたし。連れ合いに叱られ怒鳴られ。こちらのカミナリもすごかったのです。

  春雷の音遠ざかり蒼い空

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2008/04/02

日差しは強いが、強風で

日差しは強く暖かなのですが、北風が強くて、この勝負、北風の勝でしょう。

  彼岸過ぎ和風花束三百円

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2008/04/01

強風です

強風どころではない、狂風・暴風がボロ家を激しく揺すっている。怖いくらいだ。

  馬鹿な俺馬鹿な家内と四月馬鹿

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