風向きが一変
昨夜遅くから明け方近くまでは雨交じりの南よりの強風が吹きつのっていました。それが明け方には雨は上がったのですが、北よりの強風に変わりました。
手のひらを返したようであります。
貧乏人は突然金持ちにはならないでしょうね。悲惨な境遇が一夜明ければ幸せな境遇に変わることもないでしょうね。
葉裏の白さきわださせて日は西へ
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昨夜遅くから明け方近くまでは雨交じりの南よりの強風が吹きつのっていました。それが明け方には雨は上がったのですが、北よりの強風に変わりました。
手のひらを返したようであります。
貧乏人は突然金持ちにはならないでしょうね。悲惨な境遇が一夜明ければ幸せな境遇に変わることもないでしょうね。
葉裏の白さきわださせて日は西へ
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陽光が部屋の奥まで射して、暑いくらいになっています。体がだるく居眠りをしていました。
ただ、昨日降った雨は量が多かったのでしょう、地面は思ったほど乾きません。水溜りも面積が減らないようです。
うつらうつらハットしてまたうつらうつら
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水溜りがあちこちに出来たのに、気がつかずにいて、靴が水浸しになりました。
雨が流してくれるものがありそうな夕暮れ
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炊飯器が騒いでいました。入室した時は、一瞬何の音だろうと訝しく思ったのでしたが、すぐ、昼にセットしたことを思い出しました。
炊飯器が騒ぐこころが騒ぐ
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小春日和でしたが、暖かさを感じている余裕がありませんでした。家事多忙といったところです。
コンビニの便利さ冷たさ味気なさ
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これから、輪を掛けて内容のない記事がつづきそうです。そう2、3週間続きそうです。
音がない我が家を夕暮れが押しつぶす
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今日も何もしないと大変なことになるかと思い、自主的に庭の落葉掃きをしました。我が家の北西側にある欅の木が落葉の供給源です。見上げると葉っぱは、ほとんど落ち尽くしていましたので、雨樋に溜まった葉っぱも取り除くことにしました。
この作業、ガラスの腰の持ち主には、鉄製で重い脚立の移動が大変でしたが、なんとかやり遂げました。今晩から降る雨、少し多めに降っても大丈夫だと思いますが、腰は、果たして、大丈夫でしょうか。でも、こんな泣き言を家内には言えません。
腐葉土に芽が出てました樋の上
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今日は縦のものを横にもしませんでしたので、また、お叱りがと思っていたら、おっかない家内に叱る元気がありませんでした。
落ち葉舞う賑わいしかない庭にいる
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『高らかな挽歌』読み終えました。二度読んだことになります。そのうち読んだことも忘れるでしょうが、いまは、読んでよかったなと思っています。いい小説でした。
漠然とタイトルにある挽歌を、斜陽の映画界を惜しむ歌だと思っていたのですが、そうではなくて、是枝左久良という女性の死を悼む歌かも知れないなと思いなおし始めています。それにしても「高らかな」とは?。
著者が67歳のとき、1999年の作品。さすがに円熟していますね。こういう小説の書ける人も少なくなって来ているのではないでしょうか。
余韻を楽しんでいる黒表紙の本である
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朝は屋根にうっすらと雪が積もっていました。午前中はその雪が降ったり止んだりしていましたが、午後には日差しも出てきました。ただ、気温はあがりませんでした。冬タイヤのことが頭を悩ます季節になったということです。
交換するタイヤの痛み悴む気持ち
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高井有一の本、読み継ぐことにしました。並行して川上健一と瀬戸内寂聴の本も読んでいるので、読む本がなくなるわけではなかったのですが、捨てられない魅力がでてきました。
青森に都落ちさせられた同期生を訪ねるあたりを読んでいますが、以前に読んだ記憶がはっきりとしてきました。この作者の時空間の飛ばし方、場面展開の方法の巧みさに酔わされるような感覚に魅力を感じているようです。記憶力の落ちた読み手の私が、いつのまにか、別空間にいるので、これを作者の巧みさと言うのは変ではありましょうが・・・。
いつ寝入ったのかゆび本に添えたまま
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既視感を横文字でデジャブとか何とかいいましたよね。「どこか、この風景たしか見たことがあるような・・・」
それを今読んでる本で味わっていました。「たしか前に読んだような・・・。」3日間読んで、100ぺ-ジ読んで、今朝やっと結論が出ました。「読んだことがあった。」 デジャブではなくて、単なるボケでありました。
高井有一の『高らかな挽歌』 斜陽の映画界のことを描いた小説。主人公の父親の映画館主が出てきたところで記憶が甦ってきたように思います。ですが、ストーリーは甦りません。この後どんな話になるのか、皆目わかりませんが・・・、これから読みついでいくべきか、やめようか・・・。それほど、つまらない本ではないし、かと言って、どうしても最後まで読んでみたいという気持ちもわかないし・・・。今晩、結論をだそうと思います。
忘れたい思いは残る頭壊したい
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夕焼け海の夕焼け・・・で始る歌があったような気がする。
今日見た景色は、低く海にたれこめた雲が一箇所円形に切れて、夕陽が真っ赤な色を海に落としていた。そこだけが、赤い湖のようだった。はじめて見た景色だが、綺麗と言うよりは、なにか毒々しい赤だった。
赤く染まる海こちらは褐色の街
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学生時代は、金がなかったから映画もあまり、観られなかった。その見逃していた映画のDVD版を購入して、みようと思っていたのだが、まあ、結局は、それほどの映画好きなのではないだろう、数ヶ月前に購入しておいた「シャレード」をやっと今日になってみた。
暇だったからである。ところがである。「安物買いの銭失い」の典型で、画質が悪い、ほかに、肝心のクライマックス・シーンで映像が動かなくなったのだ。再生機の故障かと思ったら、ソフトのせい、つまり粗悪品だったわけだ。
回廊のあるところでの対決シーンで止まったまま。やむを得ず、3軒の店を探して手に入れて観た。肩がこらないコメディータッチで長い休憩が入っても、なんとか観られたが、もっとシリアスだったら、気が抜けた休憩になったことだろう。
エンドマーク流れて外は夜景色
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干した布団をとりこんで、そのまま寝入ってしまった。夢をみた。起きると夢は消え去ったが、あまり楽しい夢ではなかった。体が熱を持ったままで、なお、不快である。
夢醒めて娑婆を黒猫が歩く
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朝歩き始めると、綺麗な月が西の空にかかっているのが見えました。満月のようでした。東の空が白々と明けてきましたが、満月の輝きは、なかなか落ちませんでした。
残るまるまるの月背まるめてあるく
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誰だって間違いはある。長い間、間違って覚えていたことだってある。それでも、踏襲・頻繁・未曾有と3点セットで出てくると、少しだけ情けない気がする。オバカキャラはテレビのバラエティだけで結構である。
黒犬に出逢って落日を知る
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満月がちかいのでしょうか、目が悪いので三重に見えて円形が確認できませんが、明るいです。それほど寒くはありません。
月は月としてあり我老人としてあり
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夕陽が、昔の12燭光の電球を消したようにゆっくりと消えていくと、穏やかだった海面が照り映えて、白くなった。
夕暮れの海しらじらと心が寒くて
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冬になってしまいました。寒さは得意ではありません。でも、日中は、天気予報をはずして、日照がかなりあったので、部屋のなかではあったかでした。
寒いねと空の半月がいう
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日が照らないと寒い。あたりまえのことだが、日が照ると部屋のなかまで日が入るので暖まるので、外気が同じ温度でも、全く違う。昨日も今日も寒い寒い日でした。
右手足寒さに反応痺れている
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主に午後、いまだと日暮れまで、海がみえる部屋で過ごすことが多い。窓に近づけば、160度くらいの展望で海が広がる。じっと、見つめている余裕はないが、ときどきは、その日の海のご機嫌を眺めやっている。
軟弱なこころ胸郭に外は海
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近所で、月曜日の朝、事件があった。が、警察沙汰には、ならなかった。80歳くらいの女性と60になったばかりの娘、二人暮しの家で起こった事件である。
母親が上半身シャツ一枚の状態で玄関先で倒れているのが、尋ねてきた近所の女性によって発見された。すぐに区長に連絡がいく。区長は、事件性があるのかないのかの判断に迷った。ただ、脳溢血かなにかで倒れたのか、誰かに倒されたのかがわからない。倒れた体の付近に鎌や金槌があった。が、体には外傷らしきものは見当たらない。そこで衛生組合長を呼んで、二人で事件性無しと判断、毛布をかけたりして体を温めた。意識はかすかに、あったらしい。そこで警察ではなく、救急車を呼んだ。
娘が、9時頃出かけていったのを隣りの人が見ている。母親が倒れたのは、何時だったかは不明だ。娘が倒したのか、倒れている母親を無視して出て行ったのか。どちらからしい。救急車は10時頃到着し、30分後に出た。受入先をみつけるのに時間がかかったのだ。今は、母親は入院し、娘は帰宅しているようだが、その後のニュースは入っていない。
娘は精神科に入院暦があり、一人で生活できるほど、社会に適応できているとは、言い切れない状態にある。常々、母親の気持ちを推し量って「大変だなあ。私の悩みなど軽い軽い」と思ったりしていたのだ。
家のすぐ傍で起こった大騒ぎを私は知らなかった。腰の養生のために横になってるうちに寝入っていたのだ。すべては家内から聞いた情報である。その日の夕方、埼玉にいる息子(娘の弟)の車を見かけたから、連絡がいったのだろうが、件の娘は埼玉では余計に社会に適応できなかった事実があるとのこと。今後どうなるのか、他人事なのだが、心配である。
最近読んだコラムに(もう何で読んだのかを忘れている)ウッディ・アレンの言葉があった。Life is divided into the horrible and the miserable.コラムでは、二つのセンテンスに訳していた。これまた、記憶は曖昧だが、「人生には二様ある。おぞましい人生と悲惨な人生の二つだ」確かに、確かに・・・。
沈むほかない夕日を見送る
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さすがにタンポポは綿毛になっていた。茄子の花は盛夏と変わらぬ色艶だった。いつも通る散歩道でみつけたもの、いやいままでも目にしていたのだが、きょうは何故か記憶に残った。ほかの雑草が枯れたせいであろうか。
倒れてもなお藍藍し茄子の花
北風に逆らいて散らない綿毛
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ヨチヨチ歩きですが、早朝散歩に復帰しました。30分ほど歩きました。スタイルはかなり酷いものでしたが、痛みは走りませんでした。
歩いても歩いても冷えたまま
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このくらいのスピード感になれば、反ってこころよい。ジェットコースターを楽しんでいるようなものか。
日向ぼこ鼻の頭にアキアカネ
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