角館ー秋田

角館は、以前に3回ほど来ているので、集団とは別に単独で平福記念美術館と新潮社記念文学館を訪ねた。

不親切というのがいいのか、連絡が悪いというのか、係員に熱意がないと言えばいいのか、それとも、私が単にマヌケであったのか、すこしだけ、愉快ではなかった。

両者で、共同企画の「芹沢銈介展」が開催されていたが、私の目当てではなかった。平福さん親子の絵と新潮社の出版物の集まりをみたかったのだ。

それが、「芹沢銈介展」で、縮小されていることが告知されていなかった。その上、両者の見学料の割引も窓口の係は説明しなかった。(手渡されたパンフをよく見ると、共通割引券の情報はあったが)

特に不親切だなと思ったのは、新潮社記念文学館である。ここは、「仙北市総合情報センター・学習資料館」に併設されていた。規模は「仙北市総合情報センター・学習資料館」のほうが大きいのだが、街の案内板等は「新潮社記念文学館」ばかりであるが、建物につくと新潮社記念文学館は消えていしまう。案内がないのだ。

もともと、この学習館の前身は、私の古い記憶によれば「農村モデル角館町立図書館」で、新潮社の佐藤社長が、出版物のすべてを送り続けていたはず。そうすれば壮大なコレクションになっているはずと思っていたが、それは私の誤解であったのか?

もともと出版物は利用されればそれでいい。コレクションとして残る続けるよりは利用されてボロボロになる方がいい。それにしても、記念文学館にも学習館にもコレクションといわれるほどのものは見つからなかった。急いでみた私の見過ごしだろう。

さて、係員の不親切。まず、受付は無人。部屋の奥の方で、女性が数人いて、声をかけて初めて出てきた。新潮社記念文学館を見学したい旨を告げると、入場券を売ってくれたが、芹沢展のため、展示が縮小されているとの告知は一切ない。展示の実態は芹沢展に半分ほど取られていた。入場券を購入する時点で、私は、その事実を知らない。つまり、芹沢展と記念文学館の展示は、独立していると思っていたのだ。

その上、となりの学習館に新潮社の本があるとも、ないとも、なに一つ教えてくれない。おそらくは、運営を引き受けている団体が採用したパートか嘱託の職員なのだろう。「切符を売る係」くらいの認識しかないようだった。

建物としては立派な公共施設が建ったが、魂を入れるはずの職員がいない。哀しい日本を再確認した角館であった。

  寒いと言う寒いと返るそれだけ

歩行数 15,670 累積歩行数 1,546,921

明日から3日間アップ休みます。

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寒風山ー秋田

寒風山展望台で愚妻が愚妻ぶりを遺憾なく発揮してくれた。展望台のベンチは回転式で座っていれば360度全方位が見渡せる。当時は、若干大気に湿り気があったのか、遠望はきかなかったが、いい景色が見えた。

愚妻いわく。窓枠が邪魔してよく見えないという。確かに彼女の眼の前に視界を遮る窓枠があったが、ほんの数秒で解除されるのに、席を替わる。変わったところで、また窓枠。2度も席を代わって、回転式の意味を理解したようだ。

八郎潟干拓地。日本の農業政策。斎藤隆介の絵本『八郎』『三コ』などに思いをめぐらす。

駐車場の脇から、パラグライダーをする人々が次々と大空に飛び立っていっていた。

  苦ばかり句ひとつなく冬すすむ

歩行数 13,491 累積歩行数 1,508,130

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五風太鼓・なまはげー秋田

夕食後、男鹿温泉交流会館で太鼓のライブをそんなに期待をしないで見た。何しろ、次はないのだから、機会は逃さない、なんでも見てやろうの精神である。

ところが、これがおもしろかった。観光地男鹿も土曜日だというのに人は出ていないが、ここだけが違った。熱気があふれていた。もともと、衰退がすすむ男鹿をなんとか盛り上げようと10年前路上ライブから始めた太鼓グループの熱意が町を動かし、交流会館に至ったようだ。

リピーターがいるという話も誇張ではないと思う。これを聴き、温泉に入って帰るだけで、もう一度来てもいいかなと思う。

次の朝は、なまはげ館を見学し、体験し、寒風山に登った。それはまた明日。

  蔦紅葉赤々と映え風寒し

歩行数 14,265  累積歩行数 1,494,639

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入道崎ー秋田

まず、灯台の写真を見ていただこう。すぐ側に、北緯40度を示すモニュメントが建っていた。

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それから持って回っていたが、日没直前の夕陽である。いい写真とはいいがたいが、天気は申し分なく、売店の人も、今日のお客さんは幸運だといっていた。

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若いカップルも何組もいて感嘆の声をあげていたが、若い人たちにはロマンティックな風景でも、老夫婦には、なんだか人生の終わりを見るようで、浪漫ではなく、老漫であった。それでも、この旅の目的は果たせたという満足感はある。

  心も温めようと生姜湯を飲む

歩行数 13,297  累積歩行数 1,480,374

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五社堂ー秋田

五社堂、誰を祭ったものだったか、いまだに理解していない。バスの経験豊かなガイドさんも初めてところで、どうやら、それほど有名な観光地ではなかったようだ。

夕陽を見るための時間調節のために、ここの見学を設定したようだ。ごろごろした石を置いただけのの極めて歩きづらい参道が、15分もかからないで登れるのだが、年寄り向きではなかった。

ただ、小さな同じような社が五つ並んで建っている、珍しい景色だった。

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写真は、その五つが分からない、下手な写真である。日は照り、汗ばむほどのいい天気で、夕陽が期待できるた。それはまたお明日。

  若者のレギンスは季語我もまた

歩行数 17,941  累積歩行数 1,467,077

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男鹿半島へー秋田

10月の終わりの土曜日日曜日、男鹿半島へ行ってきました。団体臨時列車の旅、企画は「大人の休日倶楽部」でした。

列車集合、列車解散と珍しい旅でした。仙台から秋田まで、新幹線団体臨時列車、普通の新幹線より待ち時間が多く、時間がかかったようでした。

秋田からは、もちろん、バスです。土崎港のセリオンというところで昼食を食べてから男鹿半島に入って行きました。「夕陽をみる」これが、この企画の目玉でした。

佐渡では、曇りがちでよく見えなかった夕陽が入道崎ではよく見えたのでしょうか?それは、また、お明日。

  寒風の騒ぐ音のみ留守まもる

歩行数 20,167  累積歩行数 1,449,136

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致道博物館ー鶴岡3

致道博物館は、おもしろいところであった。いろいろな施設と言うのか、見学場所がまとまってあるのが、よかった。それぞれの展示品で、これはすごいという目玉はない、どこの民俗博物館、歴史博物館でも、よく見かけるもの(もちろん、庄内特有の展示物ではあるが)であった。

そのなかで、私が興味を持ったのは、織物である。もともと織物に興味があるわけではないが、紙が素材の織物に興味を惹かれた。その織物は、漁師の労働着とのこと、「紙は水に弱い」という常識が覆ったから惹かれたのである。

織物の素材は木綿・絹くらいの知識しかない素人だが、もちろん、原始時代などの衣服から、近くで採れる植物の蔓や木の皮などを裂いたものなども素材になっていた時代もあっただろうくらいの連想を出来た。

中世から近世にかけては、木綿・絹の代用品として、つまり高価な絹・木綿を敬遠して、近くで入手できるものを使って、織物を作っていたのではないかと漠然と思っていた。

紙は当時高価であったかどうかの知識はない。反古を使ったのか、新品だったのかも知らないが、紙を織物に使って、それが漁師の労働着として有効だったとは?つまり、それぞれの労働に適した材料で織物を作っていたのだろう。こういう発想は私には恥ずかしながらなかった。勉強になった。

それからついでにここで勉強したこと。「からくり儀右衛門」が東芝の創業者で、田中久重ということも、恥ずかしながら初めて知りました。

  薄氷の反射走る子犬ゆらり

歩行数 20,539 累積歩行数 1,294,321

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藤沢周平記念館ー鶴岡2

藤沢周平は好きな作家に入る。だから、主な作品は読んだと思うのだが、展示されている単行本を見て、表紙に記憶はあっても中身の記憶が出てこないものが多くあった。

表紙の記憶は、職業柄かもしれない。『ふるさとを廻る六部は』は、作家になる前、郷里で教師をしていたころの身の回りでおこったことを回想したエッセイだったと思うのだが、このタイトルについて、本を読んだときも、今回も、壊れかけのわが頭に上ってきたことを書いておく。

つまらない話である。このタイトルは、古川柳からとっている。その川柳は「ふるさとをめぐる六部の気の弱り」であるが、表記はこれでいいのか?巡る・廻る・回るあるいは「めぐる」か「まわる」か、これが私の気になっていたこと。

そう、私の関心は、いつもポイントがずれてしまうのだ。他人ならどうだっていいことに拘る性質がある。討論会などでも、この私の性質は発揮される。常に討論の主題ではなく、発言者のバックグラウンドに関心があるのだ。だから、私は主題に関してあまり意見を言わない。黙って聞いているだけである。

ところで、この六部、つまりふるさとでは食えない男が、乞食に近い身分になって、法華経を売りながら諸国をめぐっている。年もとり、気も弱くなって、自然に足が故郷に向かってしまう。これが、この川柳の中身の大方の解釈であろう。

私の解釈は、大方とは違っている。諸国を廻っているうちに、おもわず、ふるさとの近くに来てしまった。襤褸をまとった身ひとつしかなく、落ちぶれるところまで落ちぶれている。こんな姿を知った人に見られたらいやだなあ、この感慨が詞になっている、これがわたしの解釈。

藤沢周平とは、なんの関係もないショウモナイコトを庄内で考えていたのである。

  いたずらに冬を嫌悪して酒を

歩行数 18,578 累積歩行数 1,273,782

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藤沢周平記念館ー鶴岡

この旅、行きは列車の旅にした。仙石線で石巻へ。石巻から小牛田まで石巻線。小牛田から新庄まで陸羽東線と、ところが新庄直通の列車が観光戦略かJRの都合で鳴子止まりの紅葉号となって、鳴子乗換の一手間余計にかかった。

紅葉は早いのか遅いのかよくわからない。雨のせいもあって紅葉見物は不発であった。

新庄から陸羽西線で余目へ、余目から羽越本線で鶴岡へ。五路線を乗り継ぐ一人旅、時間は4時間を超えるのんびりとした旅にした。

この旅の仲間は、全国から集まる。年1回旅しているのだが、今回のメンバーは九州、大阪、富山、東京、新潟から集まった。私は久しぶりの参加、6年ぶりくらいになるだろうか、3.11津波見舞いへの御礼を兼ねて参加したのだが、その御礼も言わぬままに分かれてきた。それでも気が通じる仲間、合宿研修仲間である。

と、ここまでで時間切れとなった。残りは明日にでもまた。

 湯たんぽはどこに置いたか口喧嘩

歩行数 22,541 累積歩行数 1,255,204

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石ぶきの屋根ー鶴岡

記憶力が定かでないし、それを補う資料もすぐに散逸させる。したがって、旅の記録を残そうにも、手がかりにするものがない。

適当にまだらに残っている記憶がたよりとなれば、記録ではなくて、印象記になるだろう。

さて、10月22日、23日、日付は合っていると思うが、鶴岡をした。見学したものの中で一番印象に残っているのは、びっしりと小石を敷き詰めた屋根である。

写真に納めたはずだが、その画像、いまだにカメラの中にあるが、パソコンに取り込んでいない。写真さえアップすれば私の下手な説明などいらないのだが、それが面倒なのだ。記憶メディアをカメラから抜き取り、パソコンに差し込むだけでいいのだが、そのあと、画像容量の処理、ブログへのアップ、これが面倒なのだ。以前は面倒でもなんでもなかったことが、面倒になるのだから、老化とは困ったものである。

代わりにネット上の画像情報を案内して、己の怠惰を糊塗しておこうと思う。丙申堂 ご覧いただきたい。屋根の写真も私の写したものよりは、わかりやすいと思う。

杉皮に小石を載せた屋根は、子供のころによく見ていた。民家の物置小屋に多くみられたが、母屋の屋根も、杉皮に小石という家もあったか。小石は釘の節約なのか、補強なのか、つまりどう見ても貧しい風景なのだが、鶴岡のここは、お金持ちの家である。明らかに石の量が違う。重量も大変なもので、それを支える梁も柱もしっかりしたものだった。なにしろ冬場は、ここに大量の雪が降り積もる。

貧者の私が見て育った景色、杉皮と石の屋根と、富者のそれは、材料は同じなのだが、圧倒的に違う。違いすぎた。これが強い印象として、残った。

  望郷と慕情道連れみちのくの秋

歩行数 15,248 累積歩行数 1,213,890

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