牡鹿半島の新選組
NHKの大河ドラマは1963年の「花の生涯」にはじまったらしい。自慢でもないが、その一本もみたことがない。例外は旅先で同行者のたってのリクエストにつきあい、1,2回はみたことがある「忠臣蔵」「宮本武蔵」その他、1、2本。
日本史への素養も関心も少ない。小説も新聞・雑誌の連載は読まない。そんなことが理由であろう。したがって近藤勇が主役(この程度の情報は自然に入っている)の現ドラマがどこまですすんでいるか知らない。日野や調布で「ドラマでの街興し」が成功しているかどうかも知らない。
土方歳三が主役なら箱館までは描くだろうか(この程度の情報は頭の中に残っている)?とすれば牡鹿半島にもロケ隊が入っただろう。そうすれば、あの半島の桃浦の洞仙寺の碑にもライトが当たったかも知れぬ。榎本武揚の開陽丸の乗組員中井初次郎が病死し、盛大な葬儀の後葬られたことなどがその碑にしるされていて、その撰文が山中静翁とある。はてこの山中静翁とはいったい誰か。これが35年ほど飯を食わせていただいた現役生活最後にしてもっとも調べがいのあったレファレンス(図書館の普通の仕事で市民の知りたい欲求を満足させる仕事をいう)であった。
明治維新のころ宮城県になるまえ石巻県とか登米県とか称されていたころの知事に山中献 (書家で信天翁)という人がいるが静翁と号したことはない。静翁は人名辞典・事典の類には出てこない人。地方史のどんな文献にも山中静翁がどんな人だったか、記述されていない。無視してもどうということのない人の碑。何人かは関心は寄せたが判明しなかったので捨て置いたといったところであろう。そしてまた同じ問いを発した人が、その解決を図書館に求めた。(みなさま。図書館は無料貸本屋ではないのです。知る権利を保障するところです。テーマは何でもいいのです。そういう要求を図書館にぶつけ図書館員を育てていってください)
回答の詳細は記録に残して忘れるので、ここには再現できないが、仙台藩の役人による「戊辰史日暦」中に手配者の名前があり、山中静翁は変名であることがわかった。誰のか?徳川幕府 老中 小笠原長行。
これより後は、小笠原長行の名が、牡鹿地方誌に残ることになるだろう。

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