御七夜

 わたしには、年代の所為か、個人の性質か、日本の伝統を軽んずるようなところがある。
 風習・習慣や行事・祭事の軽視が、それである。
 その風習等にまつわる非科学性とか、権威主義とか、土着性などを胡散臭く思う、そんな気性のせいである。

 この歳になると、そんな気持ちも薄らいで、楽しめるものは楽しもうという気になっているが、昔どおりに、行うのは
とても面倒で、やらない。正月さへほとんど祀らない。次世代へ申し訳ないという気分になることもある。

 今日は、配偶者が、妹の娘の長男の御七夜に呼ばれて出かけていた。

 この風習は、知らない。祝ったことが、あるのか、ないのかもわからない。記憶がないのだ。
 
 自分の息子のときは、「食い初め」と御餅を背中に背負って歩かせる行事ー名称はあるのかどうかも知らないー
をした記憶がある。これらは、全部、いま住んでいるところの風習で、わたしが育った土地に、こんな風習があったかどうかは、知らない。なにしろ戦争の最中である。それどころでは、なかったのかも知れない。

 ところで、テレビで、今日の運勢など放送し始めたのはいつのころからだろうか。週刊誌の片隅に載って、暇つぶしに見るものだと思うのだが、時代は変わった。

   春の暮れ 赤飯提げて 妻返る

 

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四文字語

 英語でいう four-letter word のことではないから、安心してほしい。
 
 あけおめ
 ことよろ
           のことである。

 あけましておめでとう
 ことしもよろしく
           の略、この略が結果として四文字になるのはなぜかという疑問の提出である。

 今日は、疑問の提出だけで、考察は、今後の課題にしたいと思っている。いずれにしても、老人の暇つぶしであることに違いはない。

 去年は冬ソナが一世風靡したらしい。 フユソナ の方を問題にしたいので、一世風靡 つまり、四文字熟語は考察外なのだが、場合によっては、関連がでてくるかわからない。

 略語の効用は、効率性が第一。第二として、斬新性があろうか。「あけおめ」などは、悪ふざけか、言葉のあそびだろう。いずれにしても、四文字になるのはなぜなのであろうか、これが、閑居老人の研究テ-マなのである。効率性追求を略語の効用の第一としたが、これも検証しなくてはなるまい。フユノソナタ-フユソナ=ノタ わずか二文字しか違わない。発語時間にして一秒も違わない。木村拓哉→キムタクも二文字。榎本健一→エノケンなら四文字の節約。これくらいでないと効率性がピントこない。むしろ業界用語・若者用語・風俗語の類で、効率をねらったものではないのかも知れない。
 さてこの研究が完成した暁には、平成冗談大学に博士論文として提出するつもりでいる。そして、審査官が優秀なら博士号がおり、教授として、三顧の礼を持って迎えられるのは必定。その際の研究助手は、この研究を援助した者の中から選びたい故、材料の収集提供をお願いしたい。特に近代文学・近世文学・中世文学における使用例の提供を冀うものである。

 底冷えや 書庫の端本の 記紀歌謡

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七つの子

  「からすなぜなくの・・・」という童謡がある。野口雨情の作詞だが、「七つ」とは年齢か、個数か?でつまらない論争をした覚えがある。詩の流れを素直にたどると七歳であろうが、七歳の子ガラスはいない。カラスは何年で成鳥になるのか詳しくは知らないが、七年たっても子ガラスということはありえない。一方カラスの産卵個数は3ないし5が常識となると、「雨情さんはいったい全体なんという詩をつくったのか。非科学的だ」と、いまどきの教科書には採用されないのでありましょうか?カラスノカッテデショウ。
 グリムに「七わのからす」という話がある。「おおかみと七匹のこやぎ」「白雪姫と七人のこびと」その他数字七のつくはなしは多い。ラッキー7も西洋からの流れだが、東洋にも七福神や竹林の七賢人がいる。七は特別の数字なのだろう。
 3になるともっと多いが、タイトルになってるのは「三匹のこぶた」「さんびきのやぎのがらがらどん」「さんびきのくま」くらいしか思いつかない。
 数字の吉祥や魔力、民族によるとらえかたの違いなどもどこかの誰かが研究しているのでしょう。いい文献がありましたら、教えてくださるとうれしく思いますが・・・
 ところでふとしたことで六を特別視している民族がいることを知った。
 竹垣を棕櫚縄で結んでいたら大工さんに咎められ正しい結び方を教わった。何回も練習したが生来の不器用もので物忘れもひどく結べない。やむなく町の図書館へ行って「ロープの結び方」の本を探した。分類番号383で見つけることができた。その棚の端っこに一冊の文庫本が倒れていた。萱野茂著『アイヌの昔話』平凡社ライブラリーだった。ついでにこれも借り出した。
 「ススペチッチッ ススペランラン」「へびのまゆげ」「熊神と白ぎつね」などの話に六つの空・六つの夏・六つの冬と空間・時間を表現したり、上に六回下に六回お辞儀するなどの表現がある。この六を特別視することに新鮮な驚きを感じ、この文化がまだどこかで息づいていて欲しいと思った。

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