『旅の重さ』 その3
われ神に申さん
我を罪あるとしたもう勿れ
何故に我とあらそうかを
我に示したまえ
(ヨブ記第十章第二節)
この章句が『旅の重さ』の中扉の裏に印刷されている。
著者の原稿にあったものと考えられる。
ヨブのような心境に著者は当時いたものなのか。
少なくとも作品が、ヨブと全然無関係だとは思われないから、ヨブ記の解説書を読まずばなるまい。
岩波新書の『ヨブ記』には、第十章への言及はないようだから、遠くの図書館へとまた出かけて行かなくてはならないか?
それから、素九鬼子さんは、何故原稿を由起しげ子さんに送ったのか?
彼女の作品もまた読まずばなるまい。近くの図書館は由起しげ子作品を所蔵していないから・・・。
このように1冊の本から、ほかのいくつかの本へと読書の旅は続くもの。この旅を重いものにするのではなく、手軽なものとするために図書館はあって欲しい。
さて、かつて赤ちゃんと図書館を訪れたお母さんをがっかりさせた図書館の現在はどうか。
私が訪れたちょうどその日から、図書館へのリクエストを制限することにしたそうだ。
図書購入費が底をついたそうである。
来年度はもっと早い時期に底をつくことが十分予想されるそうである。
合併により、図書館のない町にいた職員が、トップに坐っているようで、どうやら理解がないようだ。
私が勤め始めたころの「学生の勉強部屋」は、今は「無料の貸し本屋」になっている。少なくとも、自治体のお偉いさんたちの理解はそうだ。
来年度は年間図書購入費300万円ということも考えられるとか。
これでは完全に35年前に戻ってしまう。
かつて赤ちゃんと図書館を訪れたお母さんをがっかりさせた図書館がまたできるのだ。
寒い寒い冬である。

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